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2010年7月30日 (金)

海辺のカフカ~第44章~

お待たせしました~

今回のタイトルは「기구한 생애의 막은 내리고」(数奇な生涯の幕は下りて)です。

そうなんです。この章でナカタさんが亡くなってしまうのです(泣)

しかも、ふと突然に。。。え。。。って感じでした。

でも、ナカタさんはホシノさんを大きく変えました。そういう意味では、ホシノさんの中にナカタさんが入っちゃったような・・そんな感じがしました。

では順を追って、気になった表現を・・・

冒頭サエキさんから受け取ったファイルを川原で燃やすのですが

P337
나카타는 이것을 불태워 버리겠다고 사에키상과 약속했습니다
(ナカタはこれを燃やしてしまうと、サエキさんと約束しました)

と訳してみましたが、原作を見ると”焼き捨てる”なんですね。

ああ、韓国語って”焼き捨てる”と”燃やしてしまう”は同じ表現なんだなぁっと思いました。

でもこの場合は、焼き捨てると訳すほうが自然かな?

そしてファイルは燃え尽きてしまいました。ホシノさんの無が増えたという発言に

P338
”한 가지 물어보고 싶은 것이 있습니다”
(ひとつ伺いたいことがあります)

こんな言い回しをすれば疑問形じゃないのに、疑問文になるんですね。なんか不思議な感じがしてとても印象的でした。

大王四神記の7話で、キハが「ある方の命が危ない」というとホゲが(分かっているはずなのに)

누군지 물어 봐도 돼요?
(誰かと聞いてもいいですか?)

って言ったのを、まったく関係ないですがふと思い出しました。

休みすぎて職場に戻れないかもっというホシノさんが

P341
손이 발이 되도록 빈다면 그럭저럭 용서해 줄지도 모르지만
(手が足になるように祈れば、どうにか許してくれるかもしれないが)

이 발이 되도록 빌다(手が足になるように祈る)
ちょっと想像してみましたが・・・土下座をするような感じでしょうか?

辞書で調べると”あの手この手で許しを請う”って言う慣用句でした。

眠くなりかけたナカタさんに向かってホシノさんが

P342
나카타 상 눈을 통해 사물을 보게 되었기 때문에이라구.
(ナカタさんの目を通じて事物を見るようになったからだ)

とても印象的なフレーズです。ナカタさんによって、ホシノさんの心の入り口の石も開いたのでしょうね~

そしてナカタさんは、眠ったまま亡くなってしまいます

P345
인간에게 정말로 중요한 것은,정말로 무게를 갖는 것은,어떻게 죽느냐 하는 것이다,하고 청년은 생각했다.어떻게 죽느냐에 비한다면,어떻게 사느냐 같은 것은 대단한 일이 아닐지도 모른다.그렇지만 사람이 어떻게 죽느냐를 결정하는 것은 역시 그 사람이 어떻게 살았느냐에 달려 있을 것이다
(人間に本当に重要なことは、本当に重きを持つのは、どう死ぬかということだろう、と青年は思った。どう死ぬかに比べれば、どう生きるかというようなことはたいしたことではないかもしれない。しかし、人がどう死ぬかを決定するのは、まさにその人がどのように生きてきたかにかかっているだろう)

むむ、深い・・・悪い生き方をしていて、いい結末になるのは、なかなか難しい気がします(汗)

このように死を迎えたナカタさんは、それはナカタさんが生きてきたことを反映しているんでしょうね。

*****

残されたホシノさんは、入り口の石の閉じるべき時期を部屋で待ちます。

字の読めないナカタさんが最後にしたことは、字を燃やすこと。確かになんとも皮肉でした。でもそれが、ホシノさんのなんとしても入り口の石を閉めてあげたいという気持ちに変わってるのが

なんともいえない物語のつながりを感じました。

そして最後に、ホシノさんは大公トリオを聞きながら泣いてしまいました。

なんか私も大公トリオを聴いてみたくなりました。

いよいよ物語が終わりに近づいている足音が聞こえます。

次はテラさん第45章お願いします。

P.S.
皆様のエントリーにコメントできず本当に申し訳ありませんでした。

小さいころから読書感想文が苦手で・・・正直なところ思案しているうちにタイミングを逸したようになってしまっておりました。

m(__)m本当にスイマセン

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韓国語@カフカの会」カテゴリの記事

コメント

私も読書感想文は苦手です。読書はだーい好きなのですが(^^;)。
まろさんと同じく
손이 발이 되도록 빈다に下線が引いてありました。
あと、わかる人ならなんでもない
눈 치우기(雪かき)に戸惑ってしまいました。
私は死者と二人で部屋にいる、という経験はしたことがないのですが、やはり空気が普通とは違う感じなのでしょうね。
そろそろカフカも終わりに近づきましたね。あと少し、がんばりましょう!

投稿: ハーちゃん | 2010年7月31日 (土) 00:05

제로、ゼロってすぐ読めなかった~ㅜㅜ
分岐点という意味の분수령(分水嶺)も、日本語としてあるのに知らなかった…
無知だわ…
불태워 버리겠다고…の部分は~어버리다(~してしまう)じゃなくて
버리다(捨てる)がくっついただけなんじゃないかな~?

読書感想文、私もかなり苦手ですわ

投稿: ★honeybee★ | 2010年7月31日 (土) 17:09

はじめまして♪

 韓国のゴジェドに住んで一年(冬のソナタで一躍有名になったウエドのあるところ、家からは遠いですが(笑))
韓国語は勉強しだして10カ月、発音が難しくてタクシーの運転手に行き先がなかなか通じなくて大変ですが毎日元気で楽しく暮らしています(-。-)

 今日もよい一日を(^◇^)

投稿: setsu | 2010年8月 1日 (日) 09:32

読書感想文が苦手だというコメントを見てちょっとほっとしましたw

■ハーちゃんさま

>눈 치우기(雪かき)に戸惑ってしまいました。

あ、雪かきなんですね。”雪の掃除”って感じで理解してました。
死者と2人でいる・・・
いま、創造してみましたが・・・空気違いそうです。

あと少しなのでがんばります!

■★honeybee★ さま

제로。。。ジェロですものねw
私も分かりませんでした。
分水嶺は、地理好きの私には結構なじみのある言葉でしたw

>버리다(捨てる)がくっついただけなんじゃないかな~?

なるほどですね!そかそかちょっと考えすぎでした

■setsuさま

コジェド(巨済島)にお住まいなんですね。
苦労もおありだと思いますが、楽しいのが一番ですよね。
ぜひ韓国生活を満喫してください。

お気に入りに登録させてもらいました

投稿: まろ | 2010年8月 1日 (日) 14:38

P345のところを読んで、青年がどれだけ成長したかを感じました。ナカタさんとの出会いがそうさせたのでしょうね。
大事なのは死に方であり、それはつまり生き方。
「死にざまを考えて生きよ」という武士の生き方をいった言葉がありますけど、同じだなと。そして、私は時々この言葉を思い出すのです。実は、この言葉を覚えたのは中学生の頃で、里中真知子の漫画に出てきた台詞だったのですけど。

死ぬときに、後悔はない、いい人生だったと思えるように。何も残さず、苦しみもせず。
だから、何も残さず眠るように逝ったナカタさんは最高だな、理想的だと思いました。
人は一人で生まれて、一人で死んでいくのだという覚悟と、人生の意味は?なんて問うこと自体意味がないと悟ること。そうすればナカタさんのように死ねるかな。。。
これからの何十年かの間にそういう人になれるように生きたいと思いました。

次の45章は夢の中のようなお話ですね

投稿: テラ | 2010年8月 2日 (月) 09:53

■テラさま

>大事なのは死に方であり、それはつまり生き方。

なるほどですねー!
なんといいますかちょっと武士道的な日本人的感じがしました。
なんかナカタさんに私まで影響を受けたような感じです。
45章は、確かに非現実に入り込んじゃったような章ですね~!

投稿: まろ | 2010年8月 2日 (月) 20:54

突然ナカタさんを失ったホシノさんは参ったでしょうね~。
これまでナカタさんが主人公で、ホシノさんはわき役でよかったのに、イキナリ舞台にあげられて、スポットライトで照らされた…みたいな
でもホシノさんの言動を見ていると、これまでナカタさんとの関係がきちんと築かれていたのがわかりますね。章の最後でホシノさんが思いっきり泣けたのでホッとしました。

投稿: nikka | 2010年8月 5日 (木) 00:00

■nikkaさま

本当にそうですよね。
ナカタさんを失ったホシノさんは大きな心の穴が開いたようでした。
たしかに、急にスポットライトが当たった感じでしたね。実は私もこの章では涙があふれて堪えるのが大変でした

投稿: まろ | 2010年8月 9日 (月) 22:53

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