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2010年9月20日 (月)

海辺のカフカ~第48章~

お待たせしました。この章の題名は

그 ”입구의 돌을 닫아라”
(その入口の石を閉めろ)

です。いよいよクライマックスになりました。この章の前半はトロとホシノさんの掛け合いのような感じで進んでいくので、

二人の会話はそんなに難しくなくてとても読みやすかったです。

************

この章は、ホシノさんが

”이거야,원,두 손 들었어”
(ええい、まいったな)

って言うところから始まるのですが、いきなりここで引っかかりました。(46章の終わりにもありますけど)

よくドラマでうまくいかないときに出てくる「イゴヤウォン」って、이거야,원と書くのですね。勉強になりましたw

두 손 들다(両手を挙げる)は、「あきれる、降参する」って意味なのですね。

”お手上げ”って感じでしょうか。表現的にはそっくりですね。

ところで、猫でトロといえば、どこでもいっしょの井上トロが頭をかすめて先入観をとるのに苦労しました(苦笑)

'고양이의 손이라도 빌리고 싶다'라는 속담은 정말 맞는 말이군
'猫の手も借りたい'という諺は本当だな

日本人なんでするするって見逃しそうになりましたが”猫の手も借りたい”って言う慣用句は韓国にもあるんでしょうか?

韓国語でつうじるのかな?大丈夫かな?ってちょっと思いました。

”그렇지,호시노 군이 그 녀석을 죽이는 거지”
(そう、ホシノ君があいつを殺すんだ)

最初、”ホシノちゃん(짱)あんた有名だよ”って言ってたトロが急に、ホシノ君って呼び出すんですよ・・・

なにか特別な意味があるのかと思いましたが・・・考えすぎかな。(原作は”ホシノちゃん”で統一されてました)

・・・相変わらず変なところが気になってますね・・・

압도적인 편견을 가지고 단호하게 말살하는 거야
圧倒的偏見を持って、断固として抹殺するんだ

なんかこの言い回しが好きです。言葉遊びみたいで。

知的でウイットが利いてて・・・なんというか知識をひけらかしてない、さりげない感じがとても、気持ちよかったです。

만일 무언가 잘못돼서 <쥐라기 공원>같은 녀석이 불쑥 나타나면,나는 도대체 어떻게 하란 말이냐구?
(もし、何か間違いがあって<ジュラッシクパーク>のような奴が突然現れたら、俺はいったいどうすればいいんだ?)

<쥐라기 공원>は直訳すると「ジュラ紀公園」、あー韓国に恐竜博物館があるんだなーどこにあるんだろーと検索したら

쥐라기 공원→Jurassic Park→ジュラシックパーク

映画のジュラシックパークみたいな奴が出てきたら、そりゃあどうすりゃいいんだってことなんですね(笑)

テラさんも言われてましたが、私も擬音語がめにつきました。

나카타 상의 시체가 있는 방에서 스르륵스르륵 하는 희미한 소리가 들려온 것은 새벽 세 시가 조금 지났을 부렵이었다.
(ナカタさんの死体がある部屋からずるずるするかすかな音が聞こえてきたのは、早朝3時を少し過ぎたくらいだった。)

스르륵스르륵
[부사] 물건이 조금씩 쓸리면서 잇따라 시원스럽게 나는 소리. 또는 그 모양.
[副詞] 品物が少しずつ傾きながら相次いで明快にする音. またはその模様.

原作では”ざわざわ”ってなってましたけど、스르륵스르륵は”ずるずる”って感じかなと思いました。

미끈미끈한 하얀 표면 속에는 살도 없고 뼈도 없다.
ぬるぬるした白い表面の中には肉も、骨もない)

두 팔의 근육이 토막토막 잘려 나가는 것 같았다.
(2つの腕の筋肉がずたずたに切れていくようだった)

”白いあいつ”が出てきてから急に擬態語が出てきたような。。。それにしても、この世のものとは思えないものを言葉だけで表現するのはすごいですねぇ

その後ホシノさんは、ナカタさんのためにも最後の力を振り絞って入口の石を閉め、白いあいつも抹殺ました。

ホシノさんが最後の仕事をし終える章でした。

ナカタさんは亡くなりましたが、ホシノさん中で行き続けるようなそんな感じでしたね。その後のホシノさんの人生に影響を与え続けるのでしょうー

とてもすっきりした気持ちでオーラス前を担当できてよかったです。

私の体力も回復しました。

皆さんのおかげで、本当に楽しく海辺のカフカを読めました。これからも韓国語読書を続けたいと思います。

それではオーラスを、テラさんよろしくお願いします。

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韓国語@カフカの会」カテゴリの記事

コメント

ついにあと1章のみですね(^^)。
私もまろさんと同じところでひっかかりましたね。
 두 손 들다
 쥐라기   でした。
あと430ページの
 젖 먹던 힘 と言うのがわかりません。
ナカタさんの体から出て来た「白いもの」の描写、気持ちが悪くなりますね。意志があるものみたいな...。
まろさん、お疲れさまでした(^^)。

投稿: ハーちゃん | 2010年9月21日 (火) 01:00

白い物体、気持ち悪かったですよね~
途中で괄태충(なめくじ)っていう単語がわからなくて調べましたが
韓国語で역주が載ってましたよね
わざわざ역주入れるってことは
韓国ではなめくじがメジャーな生き物ではないってこと?!
もしそうなら、うらやましいわ

”ネコの手も借りたい…”はネイバってみたところ、
日本独自の言い回しみたいですね

あとハーちゃんさんのは
”젖 먹던 힘이 다 든다”で
乳を飲んでいたころの力まで要る→大変骨の折れること、
と辞書に載ってました
これは逆に韓国語の言い回しですね~

カフカ君は、サエキさんの
ホシノ青年はナカタさんの記憶を胸に
前に進んでいくんですね
ホシノ青年が最後にナカタさんの抜け殻に向かってしゃべる所が
とても印象的でした・・・

投稿: ★honeybee★ | 2010年9月21日 (火) 12:31

明日まで真夏日らしいですね。あさっては急に秋の気配が漂うらしいです。期待しましょう。
私も辞書に出ていない時はネイバるのですが(^^;)。

横レス失礼します。
★honeybee★さん
ありがとうございました。赤ちゃんがお乳を飲むのって、大変なことなのかもね。一所懸命に飲むのかもね。

投稿: ハーちゃん | 2010年9月22日 (水) 00:38

■ハーちゃんさま

おおー「まさに暑さ寒さも彼岸まで」ですね。

>젖 먹던 힘 と言うのがわかりません。

あ、忘れてました。
そこは私辞書引いたんでした(汗)
とても面白い表現ですよね。

白いもの…本当にすごい描写でしたね。
文字だけで身の毛がよだちました。

■★honeybee★さま

そうそう、何故ナメクジに訳注が載っているのか(笑)なぞですね。
ナメクジあんまりいないんですかねw

>ホシノ青年が最後にナカタさんの抜け殻に向かってしゃべる所がとても印象的でした・・・

本当にそうでした。
ナカタさんのお別れと、物語が終わりに近づいているなんともいえない気持ちが両方押し寄せてきました。

投稿: まろ | 2010年9月22日 (水) 22:13

쥐라기 공원はうっかり読み飛ばしました。気づいていたら、私もまろさんのように調べたかもしれません。そしたら笑えたでしょうに。。。

「白いもの」が出てきた時は、ゴーストバスターズのマシュマロマンが出てきた時のような拍子抜けた感じがしました。何か物体を登場させなければならなかったのか。。。

私もホシノ青年がナカタさんに向かっていう台詞が好きです。
ナカタさんならどう言うだろう、どうするだろうって考えるんじゃねえかというところ。
たった数日間の出会いがホシノ青年の人生を変えてしまうかもしれない出来事になり、ナカタさんは一生忘れ得ぬ人になるわけですね。
時間の長さとか言葉の多さとかではないんですね。そう考えると、言葉の重みを一層感じます。
誰かの心に残るような人になりたいな。。。

次はいよいよ最終章。48章もそうでしたけど、ラストは爽やかですね!

まろさん、いい出会いでした
これからも一緒に韓国語勉強していきましょうね!
秋バテだなんて言っていたけど全然バリバリですね。まだみそじだから? うらやましいです

投稿: [No author] | 2010年9月23日 (木) 00:20

↑あれ?名前書き忘れたみたいです。失敗
マッコリのせいかも。。。
テラでした。

投稿: テラ | 2010年9月23日 (木) 21:21

■テラさま

「쥐라기 공원」は、なかなか面白い表現ですよね。

>時間の長さとか言葉の多さとかではないんですね。

本当ですね!出会いと、言葉のすばらしさを感じました!!

こちらこそ、カフカの会を通じてお話できてとてもよかったです。こちらこそよろしくお願いします。
秋バテはだいぶよくなりましたー
ご心配をおかけしましたm(__)m

投稿: まろ | 2010年9月25日 (土) 17:02

私もやはりみなさんが指摘されてるように、
ホシノ青年が「ナカタさんならどう言うだろう、どうするだろうって考えるんじゃねえか」というところ、じ-んときました
人生の師と言えるような存在に会えたんですよね、ホシノ青年は。
なかなかそんな出会いというのは実際には少ないですから、うらやましいと思いました。

압도적인 편견을 가지고 단호하게 말살하는 거야
ですが、なぜわざわざ「偏見」という言葉を使ったんでしょうか。
理由はどうあれ、暴力、殺人(ここでは「人」じゃないけど)を肯定することへの抵抗感なのかな?
白い物体を抹殺するというホシノ青年の行為は、正義の鉄拳のはずなんだけど、それを「正義」とすることにもなんかうしろめたさがある感じ?なのかな…うまく言えませんが、こういう部分、村上さんっぽい気がしました

投稿: nikka | 2010年9月26日 (日) 18:09

■nikkaさま

>人生の師と言えるような存在に会えたんですよね、ホシノ青年は。

そうですね。師匠に出会ったんですね~
師匠という言葉がぴったりですね。

>ですが、なぜわざわざ「偏見」という言葉を使ったんでしょうか。

あ、確かにそうですねー後ろめたさを偏見で押さえ込む?って感じでしょうか?
面白い表現ですよねー

投稿: まろ | 2010年9月27日 (月) 19:37

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