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2015年5月24日 (日)

2015年05月18日~05月23日の朝の手紙

朝の手紙の翻訳を公開します。

2015年05月18日[笑いながら諦念する]
2015年05月19日[死ぬほど痛い時]
2015年05月20日[大切な秘密ひとつ]
2015年05月21日[欠けた茶碗]
2015年05月22日[私の治癒はあなただ]
2015年05月23日[根気]

05月18日~05月23日の朝の手紙(PDF)05月18日~05月23日の朝の手紙(text)

気になった朝の手紙は・・・

이가 빠진 찻잔
이가 빠져 컵이 아닌
꽃병으로 변신한 유리잔.
그래, 세상에 쓸모없는 건 없네.
모든 건 제 자리에 있을 때 이렇게 빛나는
건데 나도 내 자리에 빛나는 날이 오겠지.
어쩌면 처음부터 컵이 아닌 꽃병의
운명을 타고났던 유리잔. 그래 넌
처음부터 컵이 아니었나 보다.
꽃병이 되려고 이가
나갔던 건가 보다.
- 윤서원의《낯선 곳에서 살아보기》중에서 -
* 찻잔에 이가 빠지면
더는 쓸모가 없어 버리기 쉽습니다.
그러나 더러는 꽃병으로 더 잘 쓰일 수 있습니다.
사람의 쓰임새도 그와 같습니다. 넘어져 깨진 자리가
더 좋은 길을 만나는 행운이 될 수 있습니다.
한 개의 문이 닫히면 열 개의 문이 열립니다.

欠けた茶碗
欠けてしまったコップではなく
花瓶に変身したガラスのビン
そう、世の中に役に立たないものはない
全ては、自分の場所にあるとき、このように輝く
ので、私も私の場所で輝く日が来るだろう
ともすれば、最初からコップではなく花瓶の
運命を生まれたガラスのビン。そうお前は
最初からコップではなかったようだ
花瓶になろうと、欠けた
ようだ
- ユン・ソウォンの<慣れないところに住む>より -
* 茶碗が欠ければ
これ以上役に立たず捨ててしまいやすいです
しかし、時には花瓶にさらに使うことができます
人の使いでもこれと同じです。崩れた壊れた場所が
さらに良い道に会う幸運になることができます
一つの門が閉じれば、10個の門が開きます

とある記事でよみましたが、この世って、「適者生存」なんですよね。

強いからって弱者をすべて駆逐してしまうわけではなく、

ゆったりしてるからと言って生き残れないわけじゃない。

適応できるかどうかなんですよねーきっと

いい歳になってきたし・・・いい加減、短気なところ直さなきゃいけないなー(笑)

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2015年5月18日 (月)

2015年05月11日~05月16日の朝の手紙

朝の手紙の翻訳を公開します。

2015年05月11日[何故悪者は栄えるのか]
2015年05月12日[寂しさを守る橋]
2015年05月13日[自分の心から降伏しろ]
2015年05月14日[なじみの店]
2015年05月15日[ご飯を炊くことも修行だ]
2015年05月16日[瞬間瞬間よく生きなければならない理由]

05月11日~05月16日の朝の手紙(PDF)05月11日~05月16日の朝の手紙(text)

気になった朝の手紙は・・・

밥 하는 것도 수행이다
"밥 하는 것도 다 수행입니다.
밥 할 때는 밥만 생각하면 돼요.
다른 생각을 하다보면 밥을 태우거나
뜸을 잘못 들이게 돼요. 내가 하고 있는 행동,
거기에 온전히 마음을 쏟으면 됩니다. 쌀을
씻을 때, 쌀을 불릴 때, 물 양을 맞출 때,
불 조절을 할 때 한 번에
하나씩 집중합니다."
- 이창재의《길 위에서》중에서 - 
* 밥은 생명입니다.
밥은 모두의 건강입니다.
밥은 반복되는 삶의 원동력입니다.
밥을 먹는 것은 음식만을 먹는 것이 아니라
사랑과 감사와 정성을 먹는 것입니다.
그래서 밥 하는 것도 큰 수행입니다.
고도의 깊은 명상입니다.

ご飯を炊くことも修行だ
"ご飯を炊くときも修行だ
ご飯を炊くときは、ご飯だけ考えればよい
ほかの考えをすれば、ご飯を焦がしたり
蒸らしを間違ってしたりします。私がする行動
そこに完全に心を注げばよい。米を
洗うとき、米をふやかすとき、水の量を合わせるとき
火の調節をするとき、1度に
1回づつ集中します"
- イ・チャンジェの<道の上で>より -
* ご飯は生命です
ご飯は全ての健康です
ご飯は繰り返される人生の原動力です
ご飯を食べることは、飲食をしているのではなく
愛と感謝と真心を食べているのです
だから、ご飯を炊くことも大きな修行です
高度の深い瞑想です。

せっかくならご飯を炊くのも楽しく前向きに楽しく行きたいですww

最近お酒のみ過ぎて、ジョギングさぼってしまいました(苦笑)

明日は走りたいです。

走るとすっきりしてご飯がおいしいんですよね~^^

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2015年5月10日 (日)

2015年05月04日~05月09日の朝の手紙

朝の手紙の翻訳を公開します。

2015年05月04日[恩恵に報いること]
2015年05月05日[私の隣に天国がある]
2015年05月06日[弾力がある選手]
2015年05月07日[血の汚染、自然治癒]
2015年05月08日[愛の所有欲のため]
2015年05月09日[私が書く'私の歴史']

05月04日~05月09日の朝の手紙(PDF)05月04日~05月09日の朝の手紙(text)

気になった朝の手紙は・・・

사랑의 소유욕 때문에
사랑을
소유욕과 착각하지 마라.
사람들이 생각하는 것처럼 당신은
사랑 때문에 괴로워하는 것이 아니라,
사랑의 반대말인 소유욕 때문에
괴로워하는 것이다.
- 생텍쥐페리의《사막의 도시》중에서 -
* 사랑의 반대말은 '미움'이 아니라
'소유욕'이고, 그 소유욕 때문에 괴로움이
시작된다는 말이 날카롭고 신선하게 다가옵니다.
그렇습니다. '소유욕'은 불필요한 갈등과 다툼의
불씨가 됩니다. 만가지 괴로움의 시작입니다.
사랑은 서로에게 믿음의 날개를 달아주는
것입니다. 그래서 무한대의 창공을
함께 자유롭게 나는 것입니다.

愛の所有欲のため
愛を
所有欲と錯覚するな
人は考えるように、あなたは
愛のため、苦しくなるのではなく
愛の対義語である所有欲から
苦しんでいるのだ
- サン=テグジュペリの<砂漠の都市>より -
* 愛の対義語は'憎しみ'ではなく
'所有欲'で、その所有欲から苦しさが
始まるという言葉が、鋭く新鮮に迫ります
そうです。'所有欲'は不必要な葛藤といざこざの
火種になります。万種の苦しさの始まりです
愛は、お互いに信頼の翼を広げてくれる
のです。だから、無限大の蒼空を
ともに自由に飛べるのです

この手紙を読んでいておもいましたが・・・

今の若い子は、覇気がないとよく言われてますが

「執着心がない」というのがぴったりくる気がしました。

私も見習って、あんまり執着しないようにしよっと(笑)

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2015年5月 3日 (日)

ジョギングを続けています

とある先輩から「20、30、40代はそんなに変わらないけど50代は違うよ」とふと言われた言葉がずっと頭に残っていました。

そういえば、Twitterでフォローしている方で、走ってらっしゃる方がいらっしゃったな・・・私も走ってみようか

と思ったのが去年の8月。当初は10分程度走るのが限界でした。

3月からスマホにアプリを入れて、ペースを調整したところ

1kmを7:30くらいで走ると、5kmは走れることが分かりました。

その後、楽しくなって走りまくってしまいました(苦笑)

運動とストレス発散になってホントびっくりするくらいすっきりします。

走ってると自分の体調も実感できるんですね。

一石二鳥+αあります(笑)

最近ちょっとひざが痛くなったりしたのですが、今は調子を取り戻しつつあります。

ここに掲載して、すぐジョギングしなくなるとかはもうないと思いますので(苦笑)、改めてまとめて掲載してみました。

今日から「趣味はなに?」ってきかれたら韓国語学習にプラスして「ジョギングも」って答えたいと思います。

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2015年5月 2日 (土)

2015年04月27日~05月02日の朝の手紙

朝の手紙の翻訳を公開します。

2015年04月27日[人跡まれな道]
2015年04月28日[子供をちゃんと遊ばせよう!]
2015年04月29日[死ぬほどの力を尽くして書く]
2015年04月30日[中で泣いていても…]
2015年05月01日[愛の関係、憎しみの関係]
2015年05月02日[一生青年で生きる方法]

04月27日~05月02日の朝の手紙(PDF)04月27日~05月02日の朝の手紙(text)

気になった朝の手紙は・・・

속으론 울고 있어도...
무표정한 입가를
손으로 끌어올려 웃게 만들 수는 있다.
울고 있는 눈가를 닦아내서 눈물을 지워
버릴 수는 있다. 속으론 울고 있어도
얼굴은 웃게 만들 힘이
우리에겐 있다.
- 김욱의《가슴이 뛰는 한 나이는 없다》중에서 -
* 살다보면
눈물을 삼켜야 할 때가 있습니다.
속으론 쓰디쓴 눈물을 삼켜도 겉으론
미소지으며 웃고 있어야 할 때가 있습니다.
그것이 나를 다스리는 길이고,
내 주변과 세상을 살리는
길입니다.

中で泣いていても…
無表情な口元を
手で引き上げて、笑うようにできる
泣いている目じりを、拭いて涙を消して
しまうことができる。中で泣いていても
顔は笑うようにする力が
我々にはある
- キム・ウクの<心が躍らせる歳はない>より -
* 生きてみれば
涙を飲み込まなければならない時があります
中で辛い涙を飲み込んでも、表面は
微笑んで、笑わなければならない時があります
それが、私を治める道で
私の周りと世の中を生かす
道です

なかなか、難しいかですけれども・・・

他人に変わってほしかと思うなら、まず自分が変わらんばいけんと思うとですよ。(私自身の戒めですバイ)

自分は微動だにせず、相手に変化を求めるのは傲慢にみえるとですよ。やっぱり。

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