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2016年1月18日 (月)

2016年01月11日~01月16日の朝の手紙

朝の手紙の翻訳を公開します。

2016年01月11日[知恵を得る3つの方法]
2016年01月12日[金銀財宝よりさらに価値あること]
2016年01月13日[私の子供の瞳]
2016年01月14日[二つの足、二つの腕、二つの目、二つの耳]
2016年01月15日[本の中の主人公]
2016年01月16日[足のない舞踊家]

01月11日~01月16日の朝の手紙(PDF)01月11日~01月16日の朝の手紙(text)

気になった朝の手紙は・・・

발 없는 무용가
의족 위에 서 있을 때
나는 순수하게 웃을 수 있다. 그러나
의족을 벗었을 때도 그늘 없이 웃을 수 있다.
나는 의족을 자유롭게 사용할 수 있지만 진정한
모습을 감출 수는 없다. 자신의 진정한 모습조차
사랑할 수 없는 사람이 무슨 자격으로
남들이 나를 좋아해 주길
바랄 수 있을까.
- 랴오즈의《랴오즈-생명의 아름다움에 감사하라》중에서 -
* 다리가 절단된 사람에게
넘어짐은 부끄러운 일이 아닙니다.
지진으로 어린 딸과 두 다리를 잃은 랴오즈는
수 천 수 만번 넘어지고 일어나 걷기부터 다시
시작했습니다. 지금은 의족 위에서 춤을 추고,
아이들에게 춤을 가르치는 '발 없는 무용가'가
되었습니다. 당당하고 의연하게 고통을
이겨내면 다시 춤을 출 수 있습니다.

足のない舞踊家
義足の上に立っている時
私は純粋に笑うことができる。しかし
義足を脱いだ時も、影無く笑うことができる
私は義足を自由に使用できるが、本当の
姿を隠すことはできない。自身の本当の姿すら
愛することができない人が、なんの資格で
他人が私を愛してくれるのを
望めるだろうか
- 廖智の<廖智-生命の美しさに感謝しなさい>より -
* 足が切断された人に
転倒は恥ずかしいことではありません
地震で、小さな娘と二つの足を失った廖智は
数千、数万回倒れて起きて、歩きからもう一度
始めました。今は、義足の上で踊って
子供たちに踊りを教える'足のない舞踊家'に
なりました。堂々と、毅然と苦痛に
勝って、もう一度踊ることができます

ずっと前に、乙武洋匡さんの「五体不満足」を読んだ時のことを思い出しました。

「不便だけど不幸ではない。」

その言葉がとても印象的でした。

その点私は、五体満足で、水や電気や暖房も簡単に手に入る中で暮らしているのに幸せじゃないかもしれない。

そう思ったのを思い出しました。

あらためて、今年も私は形にこだわらず、ありのままを楽しく生きたいと感じた今日でした(笑)

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