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2016年6月19日 (日)

2016年06月13日~06月18日の朝の手紙

朝の手紙の翻訳を公開します。

2016年06月13日['共感'を越えて]
2016年06月14日[霊性の時代]
2016年06月15日[謙遜の敷居]
2016年06月16日[内腿が太くて]
2016年06月17日[誰とともに行くか]
2016年06月18日[人と事物の差異]

06月06日~06月11日の朝の手紙(text)

気になった朝の手紙は・・・

사람과 사물의 차이
우리가 자율적으로, 즉
자신에게 부여한 법칙대로 행동한다는 것은
행동 그 자체가 목적이 된다는 뜻이다. 우리는
저 밖에 주어진 목적의 도구가 되지 않는다.
자율적으로 행동하는 덕에, 인간의 삶은
특별한 존엄성을 지닌다. 바로 이것이
사람과 사물의 차이이다.
- 마이클 샌델의《정의란 무엇인가》중에서 -
* 살아가면서 우리는
어떤 결과를 얻기 위해 행동하는 경우가 많습니다.
하지만 결과만을 위해 행동하다 보면 결국 스스로를
도구나 수단으로 밖에 지나지 않게 만들어 버립니다.
나의 가치는, 그리고 인간으로서의 존엄성은
나의 행동 그 자체가 목적이 될 때
비로소 온전히 빛날 것입니다.

人と事物の差異
我々が自律的に、すなわち
自分に付与した、法則のまま行動することは
行動それ自体が、目的になるという意味です。我々は
その外で与えられた目的の道具にならない。
自律的に行動するおかげで、人間の人生は
特別な尊厳を持っている。まさにそれが
人と事物の差異だ
- マイケル・サンデル<これからの「正義」の話をしよう(邦題)>より -
* 生きていきながら我々は
ある結果を得るために行動する場合が多いです
しかし結果だけのために行動するれば、結局自らを
道具や手段にしか過ぎないようにしてしまいます。
私の価値は、そして人間としての尊厳は
私の行動自体がその目的になるとき
初めて完全に光り輝くのです。

久し振りに、サンデル教授の話題に接しました(笑)

ちょうど、こういうことを思っていた時にこの手紙が来ました。

結果を気にすると、欲も出るし、未練も出ちゃうんですよね。

私は、自分なりの行動を尽くせば、結果や他人の評価は気にしないようにしています。

結果は自然とついてくるものだし、

たとえ失敗してもそれが最善を尽くしたものなら受け入れるしかないし(苦笑)

そんな時は、走って忘れるようにしています。

体を動かすと本当に前向きになれます。

というわけで今日も走って来ようっと!

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2016年6月14日 (火)

雨の日(ハングル日記)

カラ梅雨ですけど(笑)雨の日のことについて。。。

어린 시절 비 오는 날 싫였어요.
친구들하고 같이 밖에서 놀 수 없기 때문예요.

하지만 최근의 어떤영화를 보았어요.
그 영화 속에서 이런 장면이있었어요.

여자가 비가 오면 엄마의 부침개가 먹고 싶었대요.
하지만 몇 번 만들어도 엄마의 맛 안 나와요.
그래서 엄마를 만나고 싶어서,그녀는 울었어요.

그 장면을보고 내 마음이 따뜻해졌습니다.
그 이후, 비오는 날이 좋아졌습니다.

子供の頃、雨の日が嫌でした。
友人と一緒に外で遊ぶことができないからです。

しかし、最近ある映画を見ました。
その映画の中で、このようなシーンがありました。

女性が雨が降れば母のチヂミが食べたくなるんですって。
しかし、何度作ってもママの味がでない。
だからママに会いたくて、彼女は泣きました。

その場面を見て、私の心が温かくなりました。
それ以降、雨の日が好きになりました。

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2016年6月12日 (日)

2016年06月06日~06月11日の朝の手紙

朝の手紙の翻訳を公開します。

2016年06月06日[ノバク・ジョコビッチの食事療法]
2016年06月07日[没頭]
2016年06月08日[風に揺られるから青春だ]
2016年06月09日[私のバラの花を一輪]
2016年06月10日[また起きなさい]
2016年06月11日[空きと満たし、そして解毒]

06月06日~06月11日の朝の手紙(text)

気になった朝の手紙は・・・

비움과 채움, 그리고 해독
아무리 좋은 것을 먹어도
소용이 없는 것은 바로 이 때문이다. 
더러운 연못에 맑은 물을 한 컵 부어 봤자
더러운 물만 늘어난다. 달걀로 바위를 치는 격이다.
우리는 좋은 것을 먹기 전에 우선 몸에 쌓인 독을
제거해야 한다. 즉, 비우기를 먼저 한 뒤에
채우기에 들어가야 한다. 이것을
'해독'이라 부른다.
- 상형철의《병원없는 세상, 음식 치료로 만든다》중에서 -
* 새로운 것을 채우기 위해서는
먼저 비어내야 합니다. 오래되고 낡고 썩은 것을
비워낸 후에 새롭고 좋은 것을 채울 수가 있습니다.
우리의 마음도 몸과 똑같습니다. 좌절, 절망, 그리고
오래된 고민들을 먼저 덜어내야 합니다. 그런 다음
조용히 마음을 안정시키면 우리 안에 신이 주시는,
자연이 주는, 새로운 것이 채워집니다.
우리 몸과 마음이 살아서
춤을 춥니다.

空きと満たし、そして解毒
いくらいいものを食べても
意味がないのはこのためだ
汚い池に、きれいな水を1コップ入れてみたって
汚い水だけ増える。卵で岩を打つ格好だ
我々はいいものだけ食べる前に、まず体にたまった毒を
除去しなければならない。まさに、開けることをまずした後
満たしに入らなければならない。それを
'解毒'とよぶ
- サン・ヒョンチョル<病院のない世の中、食事療法でつくる>より -
* 新しいことを満たすためには
まず、空けなければなりません。長くなって古く腐ったものを
空けた後に、新しいことを満たすことができます
我々の心も体と一緒です。挫折、絶望、そして
長い悩みをまず取り出さなければなりません。その次に
静かに心を安定させれば、我々の中に神が与える
自然が与える、新しいことが満たされます
我々の体と心が生きて踊ります

そうなんですよ、そろそろ捨てないともう詰め込めません(笑)

今の私は、増築を繰り返して迷路みたいになってしまった旅館のようです。

思い切って、一回取り壊して新築するときなのかもしれないなー

と感じた日曜の朝でした。

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2016年6月 5日 (日)

私の夢

講座の発表で用意していたのですが、いけなくなってしまいお蔵入りしてしまいました。ここで日の目を浴びたいと思います(笑)

제 꿈은 부산에서 기차를 타고 서울, 도라산 개성 평양을 통해서 신의주 베이징까지 가는 것이예요.
그리고 베이징에서 시베리아 횡단 철도를 타고 모스크바까지 가보고 싶어요.
그 날이 올 때 세상은 더 평화롭게 될거라고 믿어요.

私の夢は、釜山から汽車に乗って、ソウル、都羅山、開城、平壌を通じて、新義州、北京まで行くことです。
そして、北京からシベリア横断鉄道に乗ってモスクワまで行ってみたいです。
その日が来るとき、世の中はもっと平和になっていると信じます。

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2016年6月 4日 (土)

2016年05月23日~06月04日の朝の手紙

朝の手紙の翻訳を公開します。

2016年05月23日['ご飯をちゃんと食べて生きてますか?']
2016年05月24日[魔法にかかった愛]
2016年05月25日[種が目を出そうとすれば]
2016年05月26日[愛のかくれんぼ]
2016年05月27日[最初の記憶]
2016年05月28日[死にそうな経験]
2016年05月30日[キム・クワンソクの歌を聞いていたら]
2016年05月31日[幼い時代の夢と、自尊感]
2016年06月01日[星はすでに浮かんでいる]
2016年06月02日[旅行、愛、写真]
2016年06月03日[笑いは痕跡を残さない]
2016年06月04日[私だけのための時間]

05月23日~06月04日の朝の手紙(text)

気になった朝の手紙は・・・

씨앗이 싹을 틔우려면...
씨앗은
어느 때에 이르면 자신을 개방하고
외부 존재를 받아들일 줄도 알아야 합니다.
싹을 틔우기 위해 씨앗이 제일 먼저 해야 하는
일이 바로 외부에 존재하는 물기를 받아들이는
일이기 때문입니다. 단단히 자신을 지켰다가
적당한 온도가 되면 물기를
받아들여야 합니다.
- 김용규의《당신이 숲으로 와준다면》중에서 -
* 씨앗을 뿌렸다 해서
아무 때나 싹이 나는 것은 아닙니다.
때를 기다려야 합니다. 적당한 온도, 적절한 물기가
깊숙이 배어들 때까지 조용히 기다려야 합니다.
그리고 받아들일 준비도 해야 합니다. 차가운
온도, 메마른 땅속에서 자신을 열고
기다리면 반드시 때가 옵니다.
더 크게 자라납니다.

種が目を出そうとすれば
種は
あるときに至れば、自身を解放して
外部の存在を受け入れることも知らなければなりません
種が目を出すために、種がまずしなければならない
ことがまさに、外部に存在する水気を受け入れる
ことであるからです。しっかりと自分を守って
適当な温度になれば、水気を
受け入れなければならない
- キム・ヨンギュの<あなたが森に来てくれたら>より -
* 種を植えたとして
いつでも目が出るのではありません
時を待たなければなりません。適当な温度、適切な水気が
深々と染み込むときまで、静かに待たなければなりません
そして、受け入れる準備もしなければなりません。冷たい
温度、枯れた土地の中で自分を開いて
待てば、からならず時が来ます。
さらに大きく育ちます。

先日、とある研修会の講師が友人でした。

若いころからしってましたが、今は責任者として、自信をもってわかりやすく説明してくれました。

それを聞きながら、私もそんな年齢か。。。。実感しました。

そういえば、上より、下の人が多くなったような・・・

そんな年齢ですが、、、

私は、高田純次さんのように説教、自慢話、過去の話はしない人になりたいです。

最後は人柄だと思うんですよね。

朝の手紙とは、全然違う文章になっちゃいました(^^;)

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2016年6月 1日 (水)

ジョギングを始めた理由

先日韓国語講座でちょっとしたスピーチをしましたので、掲載してみます。

3 년 전에 일 때문에 도호쿠 지방에서 1 년을 지냈습니다.
그때 친구들과 자주 등산을 갔어요.
하지만 너무 힘들어서 경치를 즐길 수 없었어요.
그래서 큐슈에 돌아와서 ”뭔가 해야겠다”라고  생각해서,
조깅을 시작했어요
이제는 등산을 해서도 경치를 즐길 수 있게되었어요.

3年前に仕事のために東北地方で1年を過ごしました。
その時、友人とよく登山を行きました。
しかし、あまりにも大変で景色を楽しむことができませんでした。
だから、九州に戻ってきて、「何かなければならない」と思って、
ジョギングを始めました
今登山をしても、景色を楽しむことができるようになりました。

ちょっとしたハングル日記ぼちぼち再開したいと思います。

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